ラーマーヌジャ『最高神とその様態』を解読する

ラーマーヌジャは、インド哲学のヴェーダーンタ学派を代表する哲学者だ。11世紀から12世紀にかけて、南インドで活躍した。

ヴェーダーンタ学派は一元論的な世界観だ。ちょうどサーンキヤ学派ヨーガ学派の対極にある。

ヴェーダーンタ学派には『不二一元論』を書いたシャンカラもいるが、シャンカラが活躍したのは8世紀なので、ラーマーヌジャとの間には、およそ300年から400年のスパンがある。ラーマーヌジャはシャンカラの思想を彼の著書を通じて学んだようだ。

知性によって?帰依によって?

ラーマーヌジャとシャンカラは、ともにヴェーダーンタ学派に属するが、彼らの間には次のような違いがある。

シャンカラは、私たちの自我(アートマン)と世界の究極原因(ブラフマン)が本来同一であることについての知識を得ることが、解脱のために必要だと主張していた。サーンキヤ学派は自我と外界が別々に存在していると考えているが、それは誤っている。むしろそれらは本来同一(不二一元)だ。そうシャンカラは論じていた。

だがラーマーヌジャからすると、シャンカラはまだ徹底していない。ブラフマンとアートマンの一元性についての知識を得るだけでは、解脱に至ることはできない。ブラフマンとは、すなわち最高神すなわちヴィシュヌ神なので、瞑想を通じてヴィシュヌ神に絶対的に帰依すること、これこそが必要なのだ。そうラーマーヌジャは本書で主張する。

知性によって解脱に至ることはできない。必要なのは最高神への絶対的帰依だ。この直観がラーマーヌジャをシャンカラから分かつ最大のポイントだ。

一切は神(ヴィシュヌ神)の変化形態として存在

ラーマーヌジャによれば、事物と動物の一切は、神(主宰神)の様態として存在する。コップも犬も人間も神の「身体」であって、その意味で神と同格関係にある。そのようにラーマーヌジャは言う。

(重要な点は、)まさしくこのように、静物であると動物であるとを問わず、すべての存在者は、主宰神の身体であることによって、それ(主宰神)の様態としてのみそれぞれに固有な形態をもって存在する(ということである)。したがって、(すべての存在者を)それ(主宰神)との同格関係によって示すのが妥当なのである。

こうした「神は世界そのものである」という世界観は、近代哲学者のスピノザが唱えた神即自然と少し似ている(『エチカ』)。ただしスピノザのそれは理神論であって、宗教的な神について論じているわけではない。これに対して、ラーマーヌジャのいう主宰神とは、まさにそうした神、すなわちヴィシュヌ神のことを指している。

ヴィシュヌ神が世界それ自体だ。原質や精神原理も神の一様態にすぎない。人間も同様だ。人間は神のひとつのあり方にすぎない。したがって本来、人間とは神なのだ。そうラーマーヌジャは言う。

神への絶対的帰依によって解脱

ラーマーヌジャによれば、私たちが解脱できないのは、身体を神ではなく自分に固有だと思い込むからだ。それによって私たちは業に惑わされ、輪廻の流れに入り込んでしまう。それゆえ、輪廻から逃れるために必要なのは、最高神への絶対的な帰依だ。そうラーマーヌジャは言う。

上は梵天(神族の最上位にある神)から下は草束にいたるまでの種々さまざまな身体のなかにはいって、その知識の範囲はそれぞれの身体にふさわしいものになる。それぞれの身体を自己と思いこみ、それにふさわしい行為をなし、そしてその行為に対応する幸福・不幸の経験という様相の、輪廻の流れにはいりこむのである。これらの個我にとって、輪廻からの解放は、神への帰依なくしてありえない。

ここで言われている絶対的帰依は、ヒンドゥー教においてバクティと呼ばれ、一般に信愛と訳されている。これは神を愛情をもちつつ絶対的に帰依することを指しているが、ラーマーヌジャは瞑想と観想を通じて帰依することを説いたことからすれば、かなり知的な水準での帰依を想定していたと見るのがいいだろう。

この最高のブラフマンである至上の神人は、ひたすらの、不断の、何ものにもまさる、愛情のこもった、そして神をありありとまのあたりに見る状態にまで達した観想という様相の誠信によってのみ到達されるのである。

すなわち、神は誠信にまで達した瞑想によってのみ理解されるのであって、単に「知ること」によってではない。「知性によっても得られない」というように、単なる知識はしりぞけられているからである。

救済の可能性をめぐって

宗教が救済を問題にする限り、救済を可能にする原理への問いと、その問いに対する解答として、個人の努力に重きを置くか、もしくは、神への絶対的帰依を唯一の可能性とするかという分岐は、基本的にどのような宗教においても見られる。バラモン教から派生してきた仏教はもちろん、キリスト教もイスラームにおいても同様だ。

ラーマーヌジャも例外ではない。彼の死後、彼の一派の内部でそうした対立構造が生じてきた。こうした対立は偶然ではなく、構造上必然的なものだ。

もちろん現代においては、ラーマーヌジャの議論を真とすることはできない。そもそもこれを哲学と見なすこと自体が難しい。しかし、むしろここでは、ラーマーヌジャの議論が、解脱を救済として捉えるときに人間の知性が取りえたひとつの主要な道筋だったことを強調しておきたい。こう捉えればその存在理由がよくつかめるように思う。11世紀のヨーロッパではキリスト教神学(スコラ哲学)がいわゆる「正統」な学問として哲学の頭上に君臨していたわけだから、とくにインド哲学が遅れていたわけではないのだ。

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