『老子』を解読する

『老子』は、古代中国、戦国時代の諸子百家の1つ、道家の老子による著作だ。『老子道徳経』とも呼ばれる。

老子は荘子と並び、道家を代表する人物だ。中国三大宗教の1つである道教(あと2つは儒教と仏教)の始祖でもあるが、誰が老子であるかについては、実はよく分かっていない。前漢の歴史家、司馬遷は『史記』で紀元前6世紀の人物としつつ、3人の候補者を挙げているが、それも信憑性が高いとは言えない。

また、著作である『老子』自体、その人物により著されたのではなく、後年、漢の時代に、それまでに形作られていた道家の思想をまとめたものであるとも考えられている。

もっとも、老子が誰であろうと、また、著作としての『老子』がいつ成立したものであろうと、それが『老子』で示されている思想の意味についての解釈を左右するわけではないから、思想的には、そのことはあまり重大な問題ではない。むしろ逆に、著者が特定されていないにもかかわらず、これが思想として受け継がれていたということが、その思想が一定以上の力を備えていたことをまさに物語っていると見るべきだろう。

正しい統治の規準としての「無為自然」

諸子百家は一般に、天下においてどのような統治が行われるべきかという観点から議論を行っていた。それは儒家や墨家、道家、法家など、諸子百家を代表する諸派(=九流十家)に共通して言えることである。

道家の思想をよく表す言葉に「無為自然」がある。これは『老子』において、支配者が行うべき統治の規準として示されたものだ。

道家は、統治の規準を、世界の根本原理であるという「道」に定める。世界は道から生まれ、道へと戻っていく。正しい統治は、この世界のあり方に従うことにより初めて成立する…。これが『老子』の中心にある思想だ。

この点を念頭に置きつつ、本文に即して、『老子』で示されている思想を確認していくことにしよう。

万物の根本原理は「道」である

『老子』における基本の洞察は、人間の共同体・社会のあり方は、世界の方から適切に捉えられるというものだ。

人間の共同体は世界の一部だから、世界についての認識に基づかずに、統治のあるべき形を適切に考えることはできない。つまり、統治のあるべき形を明らかにするには、まず世界のあり方を明らかにする必要がある、というわけである。

その観点から、『老子』では、万物は根本原理である「道」から生まれ、そして「道」へと戻っていくという世界像が示される。

微妙で奥深いありさまと、万物が活動しているありさまは、道という同じ根元から出てくるものである(第1章)

心をできるかぎり空虚にし、しっかりと静かな気持ちを守っていく。すると、万物は、あまねく生成変化しているが、わたしには、それらが道に復帰するさまが見てとれる。そもそも、万物はさかんに生成の活動をしながら、それぞれその根元に復帰するのだ。(第16章)

このことは、川が海へと流れ込むというイメージによっても描かれている。

道が世の中にあるありさまを喩えていえば、いわば川や谷の水が大河や大海にそそぐようなもので(万物は道に帰着するので)ある。(第32章)

万物は、混沌である道から生まれ、道へと帰っていく。宇宙世界は全体としてこうしたループ構造になっており、人間も、また人間の共同体も、その一部を成しているだけである。だから、人間が統治のルールを定めることができるという考えは正しくない、となるわけだ。

道については語りえない

ここでおそらく、普通の感覚としては、「では『道』とはそもそも何なのか?」という疑問が湧いてくることだろう。

この点に関する答えは『老子』の中には見られない。その代わりに、道は名付けがたい、つまり、道が何であるかは語りえないと論じられている。『老子』の第1章、まさしく冒頭には次のようにある。

これが道ですと示せるような道は、恒常の道ではない。これが名ですと示せるような名は、恒常の名ではない。

そのため、混沌を仮に「道」と呼んでおくことにする、という(第25章)。

はぐらかされている気がするかもしれないが、ここにあるロジックはそれほど複雑ではない。要は、名(=名前・名称)とは、ただ対象だけが受け取れるものであり、対象一般を生み出してくる原理それ自体は対象ではないから、名前を受け取ることはできない。だから、道が何であるかについては語りえない、ということになる。

ただ『老子』では、道は名付けがたいが、重要なものであるとも論じられている(第62章)。そもそも何であるか言いえないはずなのに、それが重要だと言えるのは一体どうしてなのか、という疑問が起こってくるかもしれないが、その点について『老子』は特に何も論じてはいない。

道についての知恵が最上

『老子』では、この道が何であるか、また、世界が道からどのように生まれているかをつかめれば、日常の生活において欲は減っていき、疲れることはなくなるとされる。

道を修めれば、欲を減らし、足るを知ることができるようになる。

世界を、道という根本において知り、それによって欲のもとを閉ざせば一生疲れることはない。

欲が疲れや迷いの根源であり、世界の真の姿から私たちの目を背けさせているとするあたりは、思想というよりもむしろ宗教に属する言い方である。『老子』が、宗教としての道教を導いたことも、この点を見るとよく分かる。

ともあれ『老子』では、世界の物事に関する知識ではなく、道に関する知識が最上のものだとされる。ただし、ここでいう道に関する知識は、認識され記憶される種類の知識ではなく、むしろ「修められる」べきものである。これは、別の言い方をすると、いわば会得の境地である。

知識と欲と学問は不要である

『老子』の観点からすると、世界の物事についての知識は、欲に導かれる仕方で入手され、反対に、道が何であるか、世界は何を根本原理としているかについては、欲から抜け出ることで初めて会得することができる。こうして、道を知っている聖人は、欲をもたず、つねに無心であると言われる。

聖人は、いつでも無心であり、万民の心を自分の心としている。(第49章)

欲が多いことよりも大きな罪悪はない。

学問を修める者は知識が増えていくが、道を修める者は欲が減っていく。

学問をなす人間は、対象に関する知識を増やしていくが、対象を成り立たせている根本原理については目を向けることがない。その上で、世界における物事に関して一喜一憂している。それは大変におろかなことだ、というわけである。

こうして『老子』では、学ぶことを止めれば憂いが無くなる(=意識をはっきりさせるから問題が起こるのだ)として、意識をぼんやりとさせておけばよい、と論じられる。第20章には次のようにある。

世間の人々は眩いことよ、ただわたしだけが薄ぼんやりだ。世間の人々は目端が利くことよ、ただわたしだけがぼーっとして大まかだ。

誰もがみな有能であるのに、それなのにただわたしだけが、鈍くて田舎くさい。ただわたしだけが人々と違って、道という乳母を大切にしたいと思っている。

こうした言い方のうちに、他人や世界に対する謙虚さよりもむしろ、「知ったかぶりの小賢しい凡人(『老子』にある表現を使えば、賢しらな者)どもとは異なり、この私だけは真実を知っている」という自己ロマンを認めるのは、それほど難しいことではないだろう。

無為自然

『老子』的には、統治のあり方は世界のあり方に適っているのでなければならない。世界は道から生まれ、そこへと帰っていくようになっている。人間はこの仕組みに手を加えるべきではない。それは全て余計なことであり、世界を、それが本来あるべき形から遠ざけてしまうだけである。

欲望を持たずに平静であるならば、世の中は、おのずと安定するであろう。(第37章)

天下を統治するには、いつでも何事も為さないようにする。なにか事を構えるのは、天下を統治するには不十分である。(第48章)

道が世界を生み出すプロセスに介入せず、それに素直に従っていればよろしい。そうすれば世の中はきちんと治まるものである。この世界はそういう仕組みになっている…。統治に関するこうした考えを、『老子』は、無為自然と呼んでいる。

そういうわけで聖人の政治は、心を単純にさせて腹をいっぱいにさせ、こころざしを弱めて筋骨を丈夫にさせ、いつでも人民を無知無欲の状態におき、あの賢しらな者には行動をさせないようにする。無為によって事を処理していけば、治まらないことはないのだ。(第3章)

知識の位置づけについて、儒家と『老子』の間には、とても大きな違いがある。

儒家では、人々に学問を与え、知識を付けさせることには、優れた統治にとって意味があるとされる。たとえば『論語』の第9巻では、道徳を生かすためにも学問が必要であると説かれている。

仁愛を好んでも学問を好まないと、その害として〔情におぼれて〕愚かになる。知識を好んでも学問を好まないと、その害として〔高遠に走って〕とりとめがなくなる。信義を好んでも学問を好まないと、その害として〔かたくなになって〕人をそこなうことになる。まっ直ぐなのを好んでも学問を好まないと、その害としてきゅうくつになる。勇気を好んでも学問を好まないと、その害として乱暴になる。剛強を好んでも学問を好まないと、その害として自分かってなでたらめになる。

知識と学問を高く評価する儒家に対して、老子の場合、それらは道を修めるという観点からは余計だとして退けられる。単純化すると、これは民が家畜同様にボケていれば統治はラクに行えるとする考え以上のものではない。民を道による世界生成のサイクルに導き入れて家畜化すれば、世の中は丸く収まるのだ、というわけである。

確かに、「知らぬが仏」と言うように、物事を知ってしまったからこそ様々な苦しみが経験されてしまうことは、ある程度は言えるかもしれない。だがそのことから、「知識を民に与えないほうがよいのだ」と結論することは正当化されない。それは、何が他人にとっての苦しみの理由であるかについての判断を一方的に押し付けることであって、強烈なパターナリズム、分かりやすく言えば、大きなお世話というものである。

第80章では、無為自然の考えに基づき、統治の具体的な方法について述べられている。端的に言えば、どれも民をできるだけ従順な家畜として手なずけるという観点から示されている方法だ。

  • 国は小さく、住民は少なくすること
  • 移住させないこと
  • 道具、武器は使わせないこと
    • 道具を使うことで知識が刺激されるから
  • 文字を使わせないこと
    • 文字を使うことで知識が刺激されるから
    • 文字の代わりに、縄を結んで記号として使わせること

反儒家思想

直接に名指していないものの、『老子』のうちには、儒家の思想に対する批判が見られる。

儒家の場合、優れた統治は仁徳と「礼」(=儀式などの定め)に基づくことで可能になると考えられていた。一方、『老子』では、そもそも仁徳と礼という考え自体が、根本の問題を取りつくろって導かれたにすぎないとされる。

大いなる道が廃れだしてから、それから仁義が説かれるようになった。知恵が働きだしてから、それから大きな虚偽が行なわれるようになった。(第18章)

無為自然の道が失われると徳化をかかげる世の中となり、徳化の世の中が失われると仁愛をかかげる世の中となり、仁愛の世の中が失われると仁愛をかかげる世の中となり、仁愛の世の中が失われると社会正義をかかげる世の中となり、社会正義の世の中が失われると礼をかかげる世の中となった。(第38章)

世界の一切は、根本原理である道に由来する。仁徳も礼も、しょせんは人間が事後的にでっちあげたものにすぎない。その点を認識せず、我と欲と知識を肯定して統治を行うことを説く儒家は、世界のことも人間のことも全く分かっていない…。『老子』的には、儒家に対する批判は、およそそのような形となる。

儒家との対照という観点

サイクルを示す画像
世界はサイクルをなしているという

統治に関する洞察に関して、『老子』から取り出して現代社会にそのまま適用できるような原理は、率直に言って何もない。道が世界の根本原理であるとする説には、合理的に考える限り誰も説得されないし、民を腹一杯にさせておけば世の中は丸く収まるとする考えは、一見それらしく見えるかも知れないが、あまりにも強引だ。

もっとも、だからといって『老子』に見るべきところが皆無だというわけではない。むしろ反対に、儒家の思想と比べてみると、それが統治に関する一つの本質的な類型を示していることが分かる。

上で見たように、統治に関する『老子』の説は、儒家の考えとは極めて対照的である。

儒家は、仁徳(自然な愛情に基づく誠実さ)と孝悌(こうてい。親孝行の徳)をもとに優れた統治を行うことができるという考えを説いた。これは『論語』だけでなく、『孟子』や『大学』、『中庸』にも共通して見られる考えだ。

一方、『老子』はこうした儒家的な見方を批判し、万物・世界の根本原理である道こそが、正しい統治の規準になると考えた。これは現代風に捉えれば、人為的なルールや規制を撤廃すれば、政治・経済は自らの論理に従い、最も効率的に機能すると説く自由放任主義的な考えに通じる見方である。世界や社会は放っておけば「なるようになる」のだから、余計なことをしないようにするのが最善であり、最も正しいことである、というわけだ。

『老子』は、社会制度が私たち人間の手を離れてそれ自体のメカニズムで働くという前提に立つ場合に、「どのような形で統治が行われるべきか?」という問いに対する答えが一般に取りうる形を、とてもよく示している。

現代でも、社会のあり方に関しては、私たち人間の働きが社会秩序を構築する原理になるという考えと、人間の働きによらず制度やシステムが自律的に社会秩序を構築する(にすぎない)という考えがそれぞれ存在しており、その間には確固とした対立がある。『老子』と儒家の著作を対照させてみると、そうした対立は既に古代より見られていたことが分かるし、また、そうした対立が起こることには何か本質的な理由と条件が存在するはずだということに、私たちは思い至らずにはいられないのだ。