レヴィナス『実存から実存者へ』を超コンパクトに要約する

レヴィナスの『実存から実存者へ』をコンパクトにまとめました。

詳細解説はこちらで行いました → レヴィナス『実存から実存者へ』を解読する

前置き

ハイデガーの『存在と時間』への対抗心が根にある著作。イリヤとかイポスターズ、他者といった概念でハイデガー的存在中心主義を克服しようとするも、物語で物語を相対化するに留まっています。「糧」による本来性批判はまずまずOK。

では見ていきます。

目的

ハイデガー的「存在」のエゴイズムを克服して、「善」の根拠に考察するための下準備をすること。

存在を克服したい、でも存在してしまっている

そこでどうするか?

ハイデガー的に存在は与えられるものと考えるのではなく、存在を引き受けていると考える。そうすると、怠惰や疲労は、存在の引き受けの拒否と解釈することができる。

ハイデガーは『存在と時間』で、「死への先駆」(自分の死を自分に固有のものと自覚すること)が私たちに生の本当の可能性を示してくれると論じた。

だが、死ぬことに対する不安よりも、存在することに対する恐怖のほうが根源的である、と私レヴィナスは確信している。

本来性批判

フッサールは認識構造を知覚の水準で考えていた。彼は志向性という概念でそれを説明しようとしたが、フッサールは志向性を非現実的なものとして捉えてしまった。

志向性は普通の意味、すなわち欲望として捉えられるべきだ。

欲望は「気遣い」と異なる。ハイデガーは気遣いによって世界を合目的的な秩序と見なしたが、欲望は存在配慮に向かわず、欲望を満たす対象、すなわち「糧」にだけ向かう。

普段私たちが生きている世界は、糧と欲望充足という調和の取れた世界だ。ハイデガーはそうした世界のありようを頽落と呼び、非本来的であると主張した。だが、生きるために食べたり飲んだりするような世界が、果たして本来的と言えるだろうか。

レヴィナスはハイデガーの「気遣い」相関を、合目的性のもとでの世界の秩序化と同一視している向きがありますが、ハイデガーが言わんとするのは、私たちの関心に応じて事物はその意味を現わす(コップは容器だけでなく武器にもなる)ということです。この直観自体は、認識論的に見れば優れたものです。

イリヤ

「存在する」はフランス語でイリヤ il y aだ。これは文字通りには「それがそこで持つ」(there it has)ということだ。

つまり、存在するとは、得体の知れない非人称的なものに捉えられていることだ。

日本語のように非人称的代名詞が存在しないケースには当てはまりません。言語固有的な議論で、普遍性をもちません。

主体の二重性

イリヤから存在者が現れる。この働きを実詞化(イポスターズ)と呼ぶ。

主体は実詞化の働きにより、「ここ」を土台として成立する。

存在の引き受けは「自由」のきっかけであると同時に、存在に対する責務もまた生み出す。主体は「ここ」から逃れることはできず、たえず自分自身につながれているからだ。主体にはこうした二重性がある。

社会は非対称的な他者との関係からなる

近代社会の理念は、相互に等しい人間同士の関係を前提としている。しかしここでは他者の本質が見落とされている。

他者を私にとっての現れに限定すれば、他者の本質を見落としてしまう。なぜなら他者とは私がそれでないもの、つまり、私が強者なら弱者であり、私が富者なら貧者であるようなものだからだ。

社会は、こうした他者との関係によって成り立っている。社会はもともと非対称的なものなのだ。

確かに、等しい個々人によって社会が成立しているという見方は正しくない。しかし近代哲学がいう対称性とは、権利主体としての平等、つまり「法の下の平等」であって、財や富の分量に関する平等ではない。そういう意味での不平等であれば、ルソーもヘーゲルも直観していた。

ポイント

本書のポイントは以下のようです。

  • イリヤ、イポスターズは物語
  • 糧と欲望充足の関係(=欲望相関)がむしろ重要
    • ただ、ハイデガーに反対するあまり、欲望充足の時間性を見逃している
      • デューイの「欲望の延期」
      • フロイトの「現実原則」

本書でレヴィナスに求められていたのは、ハイデガーに対抗心を燃やして物語に物語をぶつけることではなく、糧についての認識論を展開することだったと言えます。

たとえば本書の時間論は典型的なイメージ先行型で、到底原理的とは言えませんが、もしこれを糧の観点から展開すれば、実質的なものになったかもしれません。

時間を欲望論的に論じる試みはほとんど行われていませんが、決して無謀ではありません。たとえばデューイの「欲望の延期」や、フロイトの「現実原則」といった概念は、欲望の時間性についてのヒントを与えてくれます。

「欲望の延期」については、こちらで解説しました → デューイ『経験と教育』を解読する