デューイ『経験と教育』を超コンパクトに要約する

『民主主義と教育』や『学校と社会』で知られるアメリカの教育哲学者、ジョン・デューイの『経験と教育』をできるだけコンパクトにまとめてみました。

詳細解説はこちらで行いました → デューイ『経験と教育』を解読する

教育を本質から考える

教育学はその歴史を通じて、「教育とは内面からの発達である」という見方と、「外部から知識を与えて形成するものだ」という見方の対立によって特徴づけられている。

この構図は、伝統的教育と進歩主義教育の対立にも現れている。伝統的教育は知識を教えることこそ、生徒の将来のために必要なことだと主張する。しかし進歩主義教育からすれば、それは詰め込みであり、個性の発達を押さえ込んでしまうことになる。

で、どちらが正しいのか?

私はどちらにも味方しない。なぜなら教育について考えるときは、主義ではなく本質から始める必要があるからだ。

教育と経験の関係

教育哲学は、教育と経験の間に何らかの関係があるという前提に基づいている。

では、それはどのような関係か?ここで私は、経験に関する2つの原理を示したい。

  1. 経験の連続性
  2. 相互作用

経験の連続性は時間的連関のこと、相互作用は内的・外的関係(客観的条件と内的条件の関係)のことを指している。

かみ砕いてみる。

経験の連続性

経験には時間的な連続性がある。現在の経験は以前(過去)と以後(未来)の経験と関連している。したがって、過去の経験は必然的に未来の経験に影響を与える。

ところで、民主主義社会の理念(たとえば“自由”)は、それが未来における経験の質を高めるからこそ、価値あるものとして受け入れられている。

民主主義社会では、経験の価値は、それが未来の経験にどのような影響を与えるかによってのみ測られる。未来の経験の質を高めてくれるからこそ、その経験には価値がある。

さて、以上より、教師の2つの任務が導かれる。

  1. 生徒が未来によりよい経験をもつことができるように、現在の経験を整えること(計画的に教育を行う)
  2. 生徒を一個人として共感すること

相互作用

経験は外的条件と内的条件の相互作用によって成り立っている。相互作用に基づいて「状況」が成立する。

個人は事物もしくは他の人たちと相互作用を行いながら生きている。それが「状況」のなかで生きるということだ。

「経験の絶えざる再構成」を導くことが教育の役割

経験は「状況」のうちでつねに再構成されている(絶えざる再構成)。「状況」が変わるにつれて経験世界も変わっていく。

教育が行うこと(行わなければならないこと)は、生徒が「状況」の変化に対応し、それによって“成長”できるようにすることだ。

教育は未来への準備として行われなければならない。知識を詰め込んだところで、それが状況の変化に対応できるような知識でなければまるで無意味だ。なお生徒は、授業で実際に教えられている内容だけを学んでいるわけではない。字の書き方も学習しているのであって、これも将来にとって重要な知識だ。

教育は未来への準備。それを導くのが教育の目的。

教育的経験をルールのもとでの「ゲーム」と考える

教育は社会的なプロセスであり、社会的なプロセスはルールのもとでのゲームである。

ゲームと聞くと違和感があるかもしれません。哲学でゲームというときは、他の人たちとの“営み”を意味しています。社会的な性格がポイントです。具体的な中身はそれぞれの哲学者で少しずつ異なってきますが。

この点からすると、教師の意義は、生徒を支配する独裁者たることではなく、ゲームの指導者、公平なレフェリーであることにある。

もちろん私は全ての生徒がゲームになじめると思うほど単純ではない。ゲームになじめない生徒については個別対応を行うことなどが必要だ。

欲望の延期

社会的なプロセスがルールのもとでのゲームである以上、生徒をルールから解放すればいいわけではない。

大事なのは、生徒が本当に自由になれるように、彼らが自分の衝動をうまくコントロールできるような能力を身につけさせることだ。

自由についてありがちな間違いは、身体的な自由と知性の自由を混同してしまうことだ。しかし本当に大事なのは知性の自由だ。身体的な自由は、知性の自由を達成するための手段であり、それ自体が目的ではない。

知性の自由は“力としての自由”である。それによって何が本当に価値あるものかを判断し、目標を立て、それを実現しようとすることができる。

目的は「~がしたい」という欲望と、「…すれば~ができるはずだ」という予想と結びつくことによって初めて達成することができる。欲望は原動力だが、それだけでは足りないのだ。

なので教師は、生徒が観察と判断を通じてそうした予想を立てられるようになるまで、最初の欲望を延期させる能力を身につけさせる必要がある。その上で、生徒の素質や適性を見て、彼にそれを示唆する必要がある。その意味で、教師による示唆は、生徒が自由を実現するための重要な出発点だ。

生徒に欲望を延期させること、生徒の適性を見抜くことが教師の役割。

どんな教材がいいか?

教育は次のプロセスを取るのが理想的だ。

  1. 経験に基づいて仮説を立てる
  2. 観察し、仮説を検証する
  3. 検証を踏まえて、次の経験に備える

教育は生徒が「状況」の変化に対応できるようにする必要がある。生徒の学ぶ知識は、日常生活に応用できるものでなければならない。

それゆえ教材は日常生活の経験から構成されなければならず、また、生徒の成長に応じて編成されなければならない。

関連記事(一部広告含む)