「とりあえず」で大学院に進学しないほうがいい理由

「とりあえず大学院に行ってみようかな…?」

とりあえず?その程度の気合いなら大学院に進学しないほうがいいですよ。

大学院以外にも勉強できる場所はあります。特に哲学の場合、働きながら勉強できないのなら、最初から哲学をそれほど必要としていなかっただけのことです。大学院だけが人生ではありません。

「とりあえず」で大学院に進学しないほうがいい理由

他にもあるはずですが、ここでは2つ挙げてみます。

  1. 就職先(大学のポスト)がほとんどない
  2. 大学院は論文を仕上げてナンボの世界

ポストがほとんどない

修士課程では当然ですが、博士論文を仕上げたとしても、大学に就職先があるとは限りません。というよりもほとんどありません(あるとしても、大抵は非常勤講師)。とても激しい競争が待っています。具体的には、東大や京大の学部を卒業して、そのまま大学院に進んだ同期の秀才たちと競わなければなりません。専門分野にもよりますが。

一概には言えないとしても、一般的に彼らは就職活動で全然苦労するはずがないのに、あえて大学院に進学するわけです。学部生のときから、いや高校生のときから「学者になろう」とダンコたる決意で学業に邁進してきているので、地頭と根性で抜きん出ていても何もおかしくありません。そんな彼らでさえポストを得るのに苦労するのですから、「とりあえず」なひとがラクできるがありません。

論文を仕上げてナンボ

大学院の2年間、博士課程を含めると5年間で自分オリジナルの思想を展開することは、よほどの天才でなければ難しいです。「そんなのムリムリ」と言うつもりはありませんが、そもそも大学院で求められているのはそんなことではありません。

大学院の課程で第一に求められているのは、一定レベルの修士論文を書き、博士論文を仕上げることです。自分の思想を深めることではありません。たとえばニーチェを対象とするなら、ニーチェ自身の著書はもちろん、国内国外で行われてきた研究を踏まえて、これまで示されてこなかった意義を示すことが求められます。

大学院は「人生の意味って何だろう…」とか「世界はどうあるべきだろう…」みたいな問いを直接に探究するようなところではありません。そうした問題意識をもって研究を進めることはできても、ニーチェやヘーゲルなどの思想を介してでなければ、学問的には受け入れられません。

進路決定のためのチェックリスト

就職するか大学院に進学するか悩んで決められないひとのために、チェックリストを考えてみました。他にも色々ありそうですが、最低限これだけは…。

  1. 研究テーマはハッキリしていますか?
  2. 希望する研究室は決まっていますか?
  3. 家計は裕福ですか?
  4. 語学は得意ですか?
  5. 根性がありますか?

1.研究テーマはハッキリしていますか?

大学院で何より求められているのは、限られた時間のうちに論文を仕上げることです。なので大学院に入って「さあ何研究しよう」では遅すぎます。

オーソドックスなのは学部の卒業論文をそのまま展開することです。研究計画もそれに従って立てるのが無難です。「研究計画は大学院に入ったら一旦壊して考え直すものだ」という話はよく聞きますが、その場合でもゼロベースで考え直すわけではありません。あくまで4年間の勉強の延長線上に位置づけるものです。

そういうわけで、大学院に進学したいならしっかりした卒業論文を書く必要があります。

2.希望する研究室は決まっていますか?

学部と違う大学院を希望している場合は、どの研究室に所属したいかというレベルで検討する必要があります。その際は以下の観点から検討するのがいいでしょう。

  • 希望先の指導教授は研究テーマに詳しい?そのテーマの第一人者?
  • 研究の手法は受け入れられそう?
  • 世界観を多少は共有してもらえそう?

指導教授がただの哲学研究者ではなく優れた哲学者でもあれば(亡くなった渡辺二郎さんのような)、多少哲学的に異なる見方を取っても、そのテーマに真摯に取り組んでいれば大丈夫なはずです。

問題なのは、そうじゃない哲学研究者もいるということです。自分の研究する哲学者に反する意見を生理的に拒否するようなひともいます。「社会人として成熟していない」と言うと失礼ですが、そういうアブナイひとがまれにいるのは確かです。

大学院は狭い関係なので、指導教授と上手くやっていけないと精神的に苦しくなるかもしれません。著書から受ける印象と実際に会ったときの印象が異なることは珍しくありません。「著作ではいい感じだったのに…」とならないように、研究室を訪問するなりゼミや講義に参加するなりして、実際の人柄を事前に知っておくことをおすすめします。

あるいは、大学は大学、とドライに割り切るのも一手です。別に家族じゃないわけですから。ある程度の距離感も大事です。

3.家計は裕福ですか?

大学によっては学費を免除したり、学費と同額の奨学金を交付したりしているところもありますが、そうでなければ両親に頼ったり自腹を切ったりする必要があります。

一応、育英会(学生支援機構)の奨学金もありますが、わざわざお金を借りてまで進学するのはおすすめできません。経済的に見て割に合わなさすぎます。借り入れるにしても最低限にとどめておくべきです。学業とのバランスで何かアルバイトをするのがいいでしょう。もしあなたが学部生で、現段階でアルバイトをしていないのなら、早めに始めて慣れておくといいと思います。

4.語学は得意ですか?

修士課程だけ考えているとしても、英語は必要です。英語が出来ないと何も出来ません。ゼミで英語の論文を読むことは普通にあります。何とかなるのは日本の思想くらいではないでしょうか。

英語で読むといっても、ただ単に読めるだけでなく、素早く読めるかどうかが問題です。辞書が無いと全然読めないようでは、いくら時間があっても足りません。

英語に加えて、研究しようと考えている哲学者の著作の言語ができるとベターです。たとえばニーチェならドイツ語、ルソーならフランス語という具合です。プラトンを研究するならギリシア語が必要ですが、これは一朝一夕で身に付くものではなく、学部4年間でじっくり習得するものなので、現段階でギリシア語が全然できなければプラトンを研究するのはスッパリ諦めましょう。サンスクリットが必要なインド思想も同じです。

5.根性がありますか?

社会学者のマックス・ヴェーバーは『職業としての学問』で次のように言っています。

いわばみずから遮眼革を着けることのできない人や、また自己の全心を打ち込んで、たとえばある写本のある箇所の正しい解釈を得ることに夢中になるといったようなことのできない人は、まず学問には縁遠い人々である。

大学院の研究はこうしたものです。「そんなのつまらない」と思うかもしれませんが、妥当な解釈の積み重ねが自分自身の考察を深めるために必要なのは確かにその通りです。

テキストの読み込みは地道な作業です。投げ出したくなるときもあるはずです。大量の著作と論文に負けない根性と粘り強さが必要です。

大学院に行かなくても哲学は続けられる

大学院以外でも哲学は勉強できます。哲学カフェもありますが、勉強に向いているかどうかは分かりません。

おすすめなのはカルチャーセンターです。お金は掛かりますが、内容はそれに見合ったものになっているはずです(ハズレもあるかもしれませんが)。哲学に関しては以下の2箇所が最も充実しているように思います。

カルチャーセンターの利点は、色々な世代のひとが集まって一緒に勉強することにあります。働きながら通っているひともいれば、定年退職したひともいます。周りの視線を気にせず質問したり、自説をまくし立てたりするひとがいたりするので、雰囲気は新鮮です。基本的にやる気のある方ばかりなので、もしかすると勉強会を作ることができるかもしれません。

大学院はすぐには辞められませんが、カルチャーセンターは行きたくなければ辞められます。自分の勉強したいことを自分で選んで勉強できます。「背水の陣」の心持ちでストイックに勉強するのもいいですが、自由に楽しく勉強するのもアリです。大事なのは知を愛しているかどうか、これに尽きます。

自分で調べて決断するのが大事

ここまで見てきたのは、あくまで一般的に当てはまる(はずの)事柄です。

大事なのは、自分で調べて決断することです。

他のひとに当てはまることがあなた自身に当てはまるとは限りません。大学院によって事情は少しずつ異なりますし、ゼミによっても異なります。この辺りの情報に関しては、大学院で開催される説明会などに積極的に参加して手に入れる必要があります。

色々なひとに相談するのは大事です。友達や家族、ゼミの教授、希望する指導教授に相談せずに決めるべきではありません。ただ、その場合でも、最終的に決断しなければいけないのはあなた自身です。

もちろん、大学院で哲学を勉強するな!と言うつもりはありません。言いたいのは次のことです。

大学院だけが人生ではありません。人生には様々な選択肢があります。大学院に行ったからといって社会的な評価が高まるわけではありません(多少初任給が上がるくらい)。大学院以外でも哲学の勉強は続けられます。続かなければ哲学をそれほど必要としていなかっただけのことです。そしてそれは問題ではありません。「よく分からないけど行ってみようかな?」みたいな気持ちで進学して後悔することのほうがよほど問題です。

適性を知るためにはレジュメを作るのがおすすめ

それでも悩んで決められなければ、自分で適性テストをしてみるのはどうでしょうか?

効果的な方法としていつもおすすめしているのが、自分で哲学書を読んでレジュメを作ることです。続くかどうかで向き不向きが分かりますし、プラトンやアリストテレスから現代まで、歴史順にひととおり重要な人物の作品を確認しておけば、大学院に入ったあとの研究の幅も広がります。レジュメを作るのは時間が掛かるので、もし現段階で大学院に行ってみようかなと考えているなら、早めに始めることをおすすめします。

レジュメの作り方、レジュメを作っておくといい理由については、以下の記事でも書きました。