大学院(文系)に進学する前に教養をつけておくといい理由

大学院に進学するのは、とりわけ文系の場合、一歩間違うとかなり危険な賭けになります。主な理由はポストを巡る競争の激化です。大学の数と比較して新しいポストがきわめて少ないのです。博士課程まで行ったのに就職先がないのは決して珍しいことではありません。哲学の場合はなおさらです。

それでもなお大学院に進学して研究の道に進みたい、と少しでも考えているなら、学部4年間のうちに教養をつけておくことを強くおすすめします。

(ここではいちおう哲学を前提として見ていきますが、社会学など隣接する他の分野についても当てはまるかもしれません。)

理由は主に2つ

主な理由は2つあります。要するに「後悔先に立たず」ということですが。

  1. 適性を判断するため
  2. アドバンテージを稼ぐため

1. 適性を判断するため

毎日がこんな感じだけど、大丈夫?
毎日がこんな感じだけど、大丈夫?

哲学の場合、大学院の研究は基本的に文献研究です(良いか悪いかは別として)。誰か1人哲学者を取り上げ、その哲学者の学説を一字一句追いながら、これまで指摘されてこなかった解釈や、他の哲学者とのつながりを指摘したり、現代的な意義を取り出したりする。これがオーソドックスな研究の進め方です。

ただ、研究の対象になるような哲学者の議論について「これまで指摘されてこなかった解釈」を打ち出すのは、とにかく難しい作業です。これまで蓄積されてきた膨大な研究を踏まえなければならないからです。たとえばヘーゲルについて研究するのであれば、マルクスやコジェーヴを押さえるのはもちろんのこと、ヘーゲル研究者についての研究さえも押さえておく必要があります(先行研究として)。ドイツ語圏はもちろん、フランス語圏や英語圏の研究も押さえておかなければなりません。

外国語も必須です。ドイツ語が読めないのにヘーゲル研究者になるのは、数式が読めないのに数学者になろうとするくらい無謀な試みです。

ただし、研究活動においては、費やしたエネルギーに見合った発見はまったく保証されていません。何も出てこないかもしれませんし、何か出てきても、現代的ではないからという理由で、ほとんど着目されないかもしれません。ここまで来るともはや運の問題という側面もあります。

徒労に終わらないようにするためには、ひとつの方法として、自分がそうした作業に適しているかについて、あらかじめ知っておくのがいいと思います。地道に哲学書を読んでいけば、自分がそもそもそうした作業に向いているのか、それとも別の方法で自分の問題に向き合うべきなのかについて判断することができるはずです。

進学して「こんなはずじゃなかった…」と後悔しないためにも、自分の向き不向きをあらかじめ判断しておくのは悪くありません。人生は一度きりですからね。

2. アドバンテージを稼ぐため

2つ目の理由についてはこんな感じです。

大学院に進学すると、基礎的な教養をつけている暇がなくなります。ゼミでは、名前も聞いたことのない著者の本を輪読したり、ヘーゲルの『精神現象学』や『大論理学』を原文と照らしながら読んだりするので、学期中は基本的にそっちにかかりきりになります。修士論文の構想にも取り組まなければなりません(卒業論文をそのまま発展させるなら別かもしれませんが)。紀要や学会で研究発表をすることもあるでしょう。プラトンとかニーチェとか読んでいる場合じゃなくなってきます。

ただ、周りの同期も同じような状況です。そんな中プラトンなりカントなりニーチェなりを学部のときに読んでおけば、間違いなく最強です。博士課程でも歴史上の哲学者を一通り読むようなひとはなかなかいませんから(大体は耳学問)世代的に最強になれます。たとえヘーゲルでも、ダメなところはダメと判断できるようになります。

他の人の解釈に「ただ乗り」して批判するのと、自分で読んだ上で批判するのとでは雲泥の違いがあります。「あーこれ一般的によく聞く話だな」「このひと自分でちゃんと読んでないな」と見抜けるようになります。ここまで達してしまえば、もはや同期はあなたの足下のはるかかなたに…。

で、教養のつけ方は?

とにかく古典を幅広く読むことです。いきなりネット論やメディア論などの「現代的」な思想に触れても効率はよくありません。パスしましょう。入門書から入るのは止めましょう。大体の古典は自力で読めます。ヘーゲルは難しい?『法の哲学』ならまとめておきましたので、参考にしてみてください。

なぜ古典か?学問の歴史を知ることで、自分の中で物事に対する判断規準を身につけることができるからです。そうした判断規準を身体化しておくと、問題とされている事柄を歴史的な文脈に位置づけることができます。こうすることで、その問題が、本当に解決すべき問題(ヴェーバーのいう「事柄」Sacheにあたります)であるかどうか、また、自分の問題意識がただの思い込みでないかどうかをあらかじめチェックしておくことができます。この点に対する意識の有無は、最終的に、研究の洞察の深さを大きく左右します。

もちろん専攻しようとする分野に関する基本的な知識は身につけておかないといけませんが、それと平行して、プラトンアリストテレスから、デカルトカントニーチェやフッサール、ハイデガーに至る一連の哲学者たちがどんなことを考えていたのかについて「そら」で言えるくらいになると、研究に対する視点がかなり変わってきます。問題を俯瞰的に判断することが出来るようになります。

哲学専攻でなければ、おおざっぱで構いません。大枠をつかみ、学的なバランス感覚を身につけることが大事です。

鉄板は「世界の名著」シリーズ

世界の名著
世界の名著

「古典といっても、何を読めばいいの?」と思うひともいるでしょう。

私のオススメは、中央公論社(現・中央公論新社)の「世界の名著」です。全81巻のシリーズで、古代インド・ギリシア哲学から近現代哲学まで幅広くカバーしています。

残念ながら絶版なので、古本でしか手に入りません。Amazonで買うのもいいですが、古本屋さんだと昔のままの価格設定で安く売っている場合があります。大学の近くにある個人経営の古本屋さんに置いてあることが比較的多いので、ぜひ探してみてください。

「世界の名著」全巻のタイトルと収録作を一覧にまとめました → 「世界の名著」一覧リスト

なるべく早く読み始めるのが大事

学部4年間が、一番落ち着いて教養を積み上げる時間を取ることができる期間です(ギリギリ修士課程2年まで、博士課程になるとかなり厳しくなります)。現段階で文系の大学院に進学したいと少しでも考えているなら、面倒くさがらず、できるだけ早く教養をつけましょう。思い立ったが吉日です!

大学院に進学しようかどうか迷っているなら、こちらの記事もあわせて読んでみてください → 「とりあえず」で大学院に進学しないほうがいい理由

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